石屋雑感

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見てきました (疲れました)

 昨日26日 富山県民会館まで『黄金のファラオと大ピラミッド展』に
行ってきました  入館まではスムーズに行きましたが 中に入ると大変でした
昔の大阪万博を思い出すような混み方で 約50メートルを歩くのに 
約 一時間半かかりました

 会場を出ると 疲れと 腹が減ったのとで ファラオもピラミッドも何が何やら
頭の中はスッカラカンで 夕方家に帰る頃には 何のために富山市まで行ったのか
思い出せないくらいでした   好きな人には素晴らしいのでしょうが........
入館料1500円がもったいなくて  欲のせいで最後まで見ましたが....

 ただ ミイラの入れ物が木製だったこと ピラミッドの石は柔らかそうでしたが
黒っぽい石 少し赤めの石で作ってあった石像は硬そうで 昭和初期までの道具では
とても作れそうじゃないのに 細かく細工が施してあり 4000年以上前の道具で 
どうやって作ったのか???     不思議以外ありませんでした



by f-sekkou | 2017-02-27 18:11 | Comments(0)

今日 この年になって気がついたこと

 人と人が一緒になるには 「運命や赤い糸」が必要であるということ
誰でもよいというものでないこと  嫁と話していて 気付かされました
30数年前にも気が付かない事を 今日やっと気が付きました

自分の事しか考えず 娘の気持ちを考える余裕がありませんでした

 素直に ごめんなさいと 謝ります 
           30数年前だったら 同じ様に怒ったでしょうから
by f-sekkou | 2013-12-21 13:05 | Comments(0)

器物破損

家庭の中にも人間関係というものはあって
すべてが許される無法地帯なのでは決してない
父と娘
夫と妻
線と線とで結ばれた親等の度合いの中にも
秩序は あって然るべき 

そうだろう?

夕べの前半は和やかだった
私が遅れて帰宅したとき
下の娘のAが父親の晩酌につきあって
ささやかな肴をあてに 意気投合するように
話に興じていたから

その雲行きがあやしくなったのは

お酒もすすんで 酩酊が始まったころ
近所の同級生の
通称 サンガイのアンチャンから
携帯に電話がかかってきてからだ

彼も珍しく酔って電話をかけてき
盆の行事のひとつである『地蔵さま祭り』のときに
バーベキューをするから手伝ってほしいと言う
大事な要件はそれだけだったのに

彼が酔って電話をかけてきた
そこがキーポイントになって
夫は 自分もそこに
彼が酔っている店に行かねばなりません
という結論にいたったのだ

銅メダルを競う日韓女子バレー戦が
TV画面でライブ中継される中
夫に対して 娘もアタシも
大ブーイングを起こしたのにも関わらず

タクシーを呼びつけて去っていった

置き去りにされて しばらくは
ポンポン蒸気のアタシだったけれど
台所の片づけ、洗濯と家事を片付けながら
クールダウンし
好きなドラマにチャンネルをかえた頃は
すっかり我に返っていた

はぁ~幸せな休息は アッという間のマボロシか・・

通常12時になるところ 1時間も早く帰宅をし
どうだ 偉いだろうと鼻息が言っていた彼が戻って
修羅場が再開だ

娘と二人 楽しくNHKの『サラリーマン ネオ』を
観ていた我らに 今宵三度目の酒宴を広げようと
コップをだしてきた夫が娘に問う
「バレーは どっちが勝ったんだ?」

娘は いつもの謎解き問答で 
明日新聞をみればわかるよぅと 夫をあしらったのだが
お酒が入って尋常ではなくなっている彼に
娘の軽口は通用しない

怒り心頭である

今宵三度目の酒宴に用いるはずのコップ
外孫のユヅボウがくれたコップを
円卓にたたきつけて
「それが聞いている者への口のききかたかぁ」

器物破損である

・・円卓に罪はないけれど  卓上に
割れて散らばったガラスを片付けることもせず
こぼれた 『いいちこ20度』の液体をぬぐうこともせず
私は出社した
by f-sekkou | 2012-08-12 12:45 | Comments(0)

「にもかかわらず」前を向く

住友生命の方が定期的に配布してくださる
PHPの冊子は 読んだり読まなかったりしていた
その11月号には 
有名な鎌田實医師の写真入りの記事が載っていて

生来の天邪鬼なものだから
その記事を読みたいとも思わずに
弁当を食べながら なに思うでもなく
その文章を目で追っていた

60年以上も続くパレスチナとイスラエルの紛争
その中で パレスチナの12歳の少年が
イスラエル兵に撃たれ
脳死状態でイスラエルの病院に運ばれた

イスラエルでは
脳死患者の家族に対して
臓器提供を提案するシステムがあり

イスラエルの医師は少年の父親であるパレスチナ人に
臓器提供を呼びかけた ただし提供先は
イスラエル人になるやもしれないと言い添えて

鎌田医師同様 あたしだって
敵方に臓器提供をすることに イエスとは
なかなか言えないし逡巡もする

が 少年の父親は迷うことなくイエスだった

鎌田医師は少年の父親に問う
どうして そんなことができるのか?
父親は答えた

「もしも目の前に溺れている人がいたとしたら
 あなたは その人に向かって
 国籍や宗教を尋ねますか

 そんなことは横に置いて
 まずは手を差し伸べるでしょ」

そこで鎌田医師は自分の来し方を吐露する

自分もそうだった
捨て子だった自分を引き取ってくれた両親が
いたから今の自分がある
その両親も裕福だったわけじゃない

奥さんは心臓病をかかえ
生活も貧しかった
とても子供を引き取る余裕なんてない

にもかかわらず
それらをいったん横に置いて
目の前にいる 捨て子の赤ん坊を
助けようとしてくれた

そのおかげで 僕(鎌田氏)が
ここにいる

『・・生きていれば
辛いことはたくさんあります

憎しみや悲しみ 理不尽なことに
人生は包まれている

にもかかわらず
私たちは前を向いて歩いていかなくてはなりません

辛いことや悲しいことは
ちょっと横に置いて 新しい一歩を
踏み出さなくてはいけない

イスマイルさん(少年の父親)が
憎しみを横に置いたように
「にもかかわらず」という発想

そして「横に置く」という行為

それは 前を向いて歩くことへのヒントと
なるような気がします』

鎌田氏の文章は まだ続きますが
文章の前半で だいぶんガツンと心に響きました
だから 高校生の頃のように
感動した一文を書きなぞってみたのです
by f-sekkou | 2011-11-02 18:22 | Comments(2)

to A

ぶりおこし とも呼ばれる
寒雷を聞いて 
ようやく
冬の到来を堪忍するのは

小春日和への感傷か

それでも 
すっかり雪景色ともなれば
それはそれで 
心持ちも静まるものであり

あの日 雑踏にいたAを
この閑散の中でおもうとき
時間の不平等に

しらずしらず
チェッと言っている

Aも通った
小学校の窓から見えるものは
あのときもいまも
川の流れと田園なのに

どこで
その通路をかえたんだろう

AはAだろうに
だんだん
うすい遠景に にじんでいきそうだ
by f-sekkou | 2009-12-17 18:27 | Comments(0)

XS

アタシの心は 許容量のせまい
XSなのだぁ

だから 撮るものだって
必然 小さな世界~

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by f-sekkou | 2009-10-28 10:33 | Comments(0)

緑のカーテン

緑のカーテンになったら
アタシが一番驚くね

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すでに虫食いだらけのゴーヤを
班別しないと=移し変えないと
(さらに やばいだろうな)

「最近 写真がアップされてないせいか
ブログの雰囲気、ますます
暗くなったね」

って 社長に言われて
アップしてみました・・
by f-sekkou | 2009-06-16 16:19 | Comments(0)

昨夜からのヘキレキ

変に暖かかった日の翌日 急に冷え込み 
その翌日の晩 いきなり雪が降った。

義母いわく 
西やま(うちからのぞむ医王山は 西にあたるので
そう通称している)が白くならない先に 下に雪が降るなんてことは
あたしの覚えている限り なかったことだ。

彼女が落ち着かないそぶりで言い放つ その言下でわたしは 
これぞ まさしく土地の人の言葉であるなぁとおもう。

障子戸をあけて裏庭をのぞくと
1本だけ植えてあるハナミズキの周りは白くなっていた。
確かに雪だ。が 雪というより ヒョウに近い大粒の雪のようだ。

そしてその後に 青天のヘキレキならぬ 
昨夜から朝方にかけて それはそれは
長く しつこく雷鳴が続くことになる。

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冬を告げているのか 寒雷よ
ゴンがまた 行方知れずになったじゃぁないかっ!

(おかげさまで 朝7時半頃 おたくの犬ですか?と
電話を頂戴しました。お礼に行かねば・・)
 
 ※写真にうつる白い粒粒は 大理石を粉砕した寒水砂利、
   カンスイジャリをまいたものでは ありません
by f-sekkou | 2008-11-19 13:31 | Comments(0)

うかつとそこつ

どのような情報でも ないよりは
あったほうが良いなと
反省しつつ 納得をした。

奥様が亡くなっている方に いくら知らなかったとはいえ
「奥様に どうぞ」と その方が帰られる際に
駄菓子を手渡しながら言ってしまった。

あとになって ずいぶんと心ないことを申し上げてしまったと
ひとり地団太を踏んでも 
言葉を取り返すことはできない。

訂正をすれば なおさら傷をつけるようにもおもい
後悔だけを引きずっていた。

迂闊と粗忽とでは どのような違いがあるのかわからないが 
どちらも
今日の私に あてはまる言葉だとおもう。
by f-sekkou | 2008-05-29 18:13 | Comments(2)

To Kill A Mockinbird

中三か あるいは高一の頃に
TVで観た映画である。日本語のタイトルは『アラバマ物語』
以来 ビデオやTVで幾度かは観ている。

映画の中で <その人の気持ちになって物事を考えるには
その人の履いている靴を履かなければいけない・・>そんな
意味合いの言葉を聞いた。

その言葉に出会いたくて 原作を読んでみたが
本の中にはなかったように記憶している。定かではない。

何日か前の晩に 偶々TVで観ることができた。
30分ほど お話は経過していたが それでも観始めた。
大好きな作品なのだ。あらすじは覚えていても
場面場面は すっかり抜け落ちているから
やはり 新たな気持ちで観、新たな気持ちで感動する。

40年以上も前の作品なのに 色あせない。
映画館で上映されたら また多くの人々を魅了するだろう。

あえて お話の紹介は省きました。
それぞれの思いでご覧になるのが 良いとおもうからです。
by f-sekkou | 2008-03-06 18:38 | Comments(0)



株式会社福光石工